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魂の邂逅
そして EYE CONTACT
2015.08.28 20:58
目の前に現れた真梨子さんは、かすかな微笑みを絶やさず
無口なまま、目で語りかけてくれた。
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私が高橋真梨子さんのファンなった経緯から現在までを記せば、かなりの紙面が必要になる。
真梨子さんとの距離という視点でまとめてみてもかなりの長さになるが・・・・・・
コンサートに行くようになって、会場アンケートをしっかりと記入していたら、真梨子さんのサイン入りのコンサートパンフレットが送られてきた。こういう幸運にすでに、30年以上前に巡り合った。Eternallyのコンサートパンフレットであった。そのころすでにコンサート記録は書き溜めていた。
1997年のランチパーティや香港ツアーにも参加できた。
コンサート直後のアフターコンサートパーティで、ヘンリー広瀬さんと真梨子さんの挨拶を3メートルの距離でお聞きすることができた。翌日のランチパ-ティでは、真梨子さんたちのテーブルが、偶然にも2つ隣のテーブルであった。同行した妻がテーブルごとの写真撮影で、真梨子さんと初めて話したのも、とても素晴らしい思い出である。
自分の人生を変えた2人の女性がが話すことなんて、ファンなった当時は考えられないことであった。 ある意味、自己完結型の応援が続いていた。
そして、「てまり」時代からには、多くのファンの皆様との出逢いがあった。
1999年当時、まだ誰も立ち上がらないのに、応援うちわを掲げて「グランパ」で立ち上がった。東京厚生年金会館であった。「てまり」主宰のTKNさんから、全くのインターネット上でのお付き合いだけで、特別に一つのコーナーのアンカーマンを務めさせていただいたこともある。
そのころから、外へと発信するようになった。
外への波動エネルギーは、不思議な形で自分に戻ってくる。業界人でないのに、真梨子さんのお仕事に関わったことがある方が、不思議と私の周りに現れ始めた。へぇ? という 方たちばかり、10人近くなる。
その後、数年の時を経て、
2007年、念願の私的なHPである「MDF音楽館」を開設。
2008年 東京音楽祭の幻のノーカット映像を見る機会にも恵まれた。真梨子さんにも送らせていただいた。これもいろいろな出逢いから生まれたことである。
2008年のカーネギーに行きたかった。しかし介護で大変な時期であり行くことができなかった。でも、カーネギーホールの鉛筆のお土産を、ペーパームーンの抽選でプレゼントしていたたいた。
そうこうするうちに、いろいろな感想発表の経緯の中で、真梨子さんとの微妙な距離感を保ちつつ、真梨子さんのことを400ページほど書き記してきた。
2011年 大先輩のコレクター杉戸平野堂さんのコレクションのすべてを無償譲渡していただき、大切に保管させていただいている。その総額は約100万円である。
2014年 「MDF音楽館2014未来館」を開設。より真梨子さんを art に描こうとしている。
2015年2月 マリーズツアーの多くの皆様、MDF音楽館の読者の皆さんの協力をいただき、「高橋真梨子さんのコンサートで聴きたい曲BEST30」というアンケートを集計し、かなり厚い資料を、THE MUSIXあて送付した。
簡単にまとめたが、自己完結型の応援から、真梨子さんの世界を表現して、世の中に広めたいという外への動きへと徐々にスタイルが変わってきたのである。
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(C) ビクター音楽産業株式会社
さて、今年の3月、アンケートを送付して約1ケ月くらいたって、今年のツアー日程が発表された。なんとなく、8月の相模大野に行こうと直感した。
真梨子さんに会える感じがしたのである。根拠のない予感である。そんな中で、初日の川口のコンサートは、最前列の座席をいただいた。
そして、コンサートが始まり、アンケートの意図と、リクエストが真梨子さんサイドに届いているという感覚はますます強くなった。
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まだ猛暑の8/11 鹿島神宮に参詣した日である。もとより、日本の多くの神社に参詣している。そして、あまりの突然の幸運に私も驚いた。帰り道にメールを受信した。MDF音楽館に賛同いただいている、Aさんからのメールであった。
「当選しました、同行してください。」
そう、8/28 相模大野のコンサートの後に、真梨子さんと2 SHOTの写真が撮れるVICTORのキャンペーン企画に当選されたのだ。
宇宙への願いは、思いがけない形で最高の回答を用意してくれる。
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8/24 コンサート当日は、真梨子さんもお疲れだし、おそらく落ち着いてメッセージをお話する時間もないだろうと予想した。 そこで、Aさんと自分のメッセージをメールで、事前にTHE MUSIX宛送信することにした。もちろん、今年のSET LIST へのお礼をもちろん述べた。
8/26 担当の方を通じて真梨子さんにお伝えいただいたとの返信をいただいた。
返信自体がありえない、とてもありがたいことである
偶然にも、8/25がコンサートのリハーサルであった。
どちらかといえば人見知りな真梨子さんに、当日いろいろとお話すること自体が申し訳ないことである。だから、事前にという想いがあった。
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Aさんともに担当者の方と、楽屋口の無機質な通路を通り、さらにセキュリティのある通路の奥へと進んだ。真梨子さんが衣装替えをしている時間、自分たちのそばをヘンリー広瀬さん、そして来客のあった山下さんが通っていく。スーツにネクタイ姿の私をきっとスタッフと勘違いされたかもしれない。
しばらくして、握手会を終えた万照さんと宮原さんが側を通った。
香港以来18年ぶりの接近遭遇であった。
20:58
奥の大きな重い扉が開いて、真梨子さんが現われた。
写真撮影でもあり、ステージそのままの髪形とメイクのまま。
真梨子さんは、何かを語るでもなく深い優しい微笑みを浮かべて近づいてきてくれた。Aさんは、緊張のあまり何も語れず、私はただただ、感謝の言葉を述べるだけであった。すかさず、メールをいただいた方ですとスタッフの女性が声をかけてくれた。そして、真梨子さんは、いつもの少しうつむきながら、目線を上げる優しいしぐさで EYE CONTACT をしてくれたのである。そして写真撮影。左手を伸ばせば恋人の肩を抱く位置に、真梨子さんが立ってくれた。撮影後改めてお礼を述べると、真梨子さんが頭を下げて、無言で またEYE CONTACTをしながらお辞儀をしてくれた。その角度は、一ファンに対しての挨拶としては、大変申し訳ないくらいありがたい光栄なものであった。
もちろん私がHPを制作していることは、制作段階から事務所に報告はしている。
ただそれだけで、直接的な関係は全くない。もちろん真梨子さんが私のHPを見ていただいているわけでもない。ただ今回は、アンケートのこともあるし、また事前にメッセージを送らせていただいていることもある。
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魂の化学反応。
高橋真梨子さんと 「高橋真梨子さんが描こうとしている世界を何とか表現してきた自分」、今まで何度も控えめに、接近遭遇させていただ真梨子さんとの、改めての新しい出逢いに恵まれた瞬間であった。
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私は、これからも真梨子さんをいろいろな言葉で表現していくだろう。
それは、まさに無私の心理での使命感でもある。なぜなら、同じくらいの期間応援していても、前述のように私と同じような出来事に遭遇している方ばかりであるとは思えないからである。
そして、 Eternally のパンフレットが届いたことも、すべて偶然という名の必然であると思う。 一つ一つのプロセスをゆっくりと踏んできた。
その結果たどり着いた8/28 だと思う。
それらは、プログラムされているという感覚である。
これからの展開も、宇宙ではすでにプログラムされているのかもしれない。
なぜなら、私が、営利や生業で文章を書いてはいないからである。
私は、これからも真梨子さんをいろいろな言葉で表現していく。
まるで、切ないボレロのように。
いつまでも、綺麗でカッコいい真梨子さんを応援していく。
(20150828)