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青い星そして赤い愛 ふたたび
2011/7/31東京国際フォーラム
アグリジェントは、イタリア南西部シチリア島南西端にある丘陵地である。そこにはギリシャ文化の遺構が数多く残されている。
川口リリア、八王子と、別パターンのコンサートを見せていただき「感謝」のコンセプトのコンサートが今日も展開されるのだろうと思っていた。しかし、この1ヶ月の間真梨子さんの体調と心理を心配するメールをいただくたびに、もしかしたらと思っていた。
私は、真梨子さんが一言「どうもありがとう」といってくれれば十分である。もちろん今年のコンセプトを否定するものではない。
しかし、「感謝」が演目になるということは、初めて真梨子さんのコンサートに行く人がいまだに多い中、ある意味では「演じる」という余計なストレスも生むのではと思っていた。ありのままがありのままでなくなってしまうのではと。
特に、ステージまで75メートルもあると、客観的に真梨子さんのコンサートを見てしまうから余計に心配であった。
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実は、6月12日の川口リリアですでに気づいていて書かなかったことがある。それは、7月のフォーラムが終わったら時期ならばと思っていたことである。
第一部のラストの曲「LIFE」は、鎮魂のレクイエムである。
歌詞内容からも伺えるし、なによりも、後方のスクリーンにうごめく光は魂である。突然の死の場面に動揺し、空間を去来する魂に、この歌は お盆の「迎え火」と「送り火」の役目 を果たしていく。そしてスクリーンでは、命の火の光が揺れ動いていく。「恋ことば」で映し出された、まるで桃色の蓮の花のようなイメージは、「LIFE」のラストで仏花のような道端の素朴な花々へと変化する。
そして、第一部のステージが暗転し、魂を鎮めていくのである。
第二部。
以前述べたように、今年の「Painter」は、淡い水の流れる様なパステルカラーで彩られる。後方の3本のリングに何度も光が走り、絵筆のタッチを表現する。
そして、真梨子さんは、
「記憶の窓辺に 光りそそぐ けれども
何をするのか解からず 何をしたいのか解からず」
と歌う。
musee当時は、歌うことを使命ととらえ内なる自己への問いかけとして「貴方と」でその気持ちを表現してきた。しかし今年は、コンサートシンガーとして今後どうあるべきかという問いが真梨子さんへ投げかけられたのである。だから「感謝」なのである。
そして、パステルカラーがひとつになって、神々しい光に包まれながら
「アグリジェントに戻りたい 君と一緒に戻りたい」
と歌い上げるのである。
「アグリジェント」には何があるのだろうか。その遺構都市には、パルテノン神殿を思わせるゼウスを祭る神殿がある。そして、神話では、ゼウスの養女が、アフロディーテ (ヴィーナス)なのである。
アグリジェントには、赤い愛がある・・・・・・・・・
ひとつになった光の中から、昨日の東京国際フォーラムでは新しい真梨子さんの愛の歌の光が差してきた。そう確信した。
なぜなら第二部ラストの「for you...」では、川口と八王子では、青のスポットライトで「あなたがほしい」と歌い上げたのに、昨日は、おそらくこの2日間は2コーラス目のラストで、あの赤いスカーレットのムービングライトで真梨子さんを照らしたのである。
まさに 青い星 そして 赤い愛ふたたび である。
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(C)THE MUSIX
そしてもうひとつ。
「無伴奏」は、やはり今年のメイン曲である。
去来する魂を鎮め、アグリジェントで新しい赤い愛に目覚めるコンサートシンガー。
しかし、ステージで表現するのは、まるで映画のような現実ではない愛なのである。
阿久悠氏が、衛星のたすけなど借りず目を見て語れと諭しても、真梨子さんの歌の世界は、直接語れない距離にいる人、もうすでに目の前にいない人への思いを歌の世界で昇華してきた世界でもある。
しかし、失った恋の哀しみであっても、雨にうたれて必死に生きていくひたむきな強さすら感じさせる世界である。だから、「Hold Me,Rain」が重要な伏線を示している。
ひたむきに生きている人にはきっと誰かが守ってくれている。去来する魂も見守ってくれているかもしれない。きっと誰かが傍にいる。
そして、私たちには、心の中に、ずっとずっと真梨子さんがいる。ずっとずっといて欲しい。
こんな思いが、赤いスカーレットのライトに照らされる赤い愛の真梨子さんを見て、目頭を熱くさせた。お母様を歌で語る 「THANKS」の武道館以来の体感である。
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2011年、高橋千鶴子さんの13回忌の年である。
(2011/08/01記*2020/12/07再編集)